ボリビアの歴史について古代(紀元前1500年頃)からまとめていきます。
1. チリパ文化 → ティワナク文化
1-1. チリパ文化
現在のボリビアを含む中央アンデス南部の最初期の文化として、「チリパ文化(紀元前1500年頃〜)」があったと考えられています。
チリパ文化は、現在のボリビアとペルーの国境をまたぐ「ティティカカ湖」の南東岸部に出現しました。

チリパ文化では、半地下式の広場を備えた祭祀センターが建設されていたことが分かっています。そのような大きな祭祀のための建造物の存在は、チリパ文化社会の生業が安定していたことを示しています。
2-2. ティワナク文化
そして、チリパ文化の衰退後、より広い範囲にわたって政治的統合が行われたのが「ティワナク文化(紀元前200〜紀元後1500)」です。上の画像にあるように、現代にも「ティワナク遺跡」が残っています。
ティワナク文化は、紀元後500〜800年に最大の影響力を確立し、ティティカカ湖から遠く離れたペルー南岸部や、ボリビアの渓谷部に至るまで広範なネットーワークを築いていました。ティワナク文化では優れた農法を駆使してジャガイモやキヌアなどを栽培し、巨大な人口を賄うだけの食糧を生産していたと考えられています。
キヌアといえば近年、栄養価の高いスーパーフードとして日本でも注目されていますね。↓

また、石を加工する技術が非常に精巧であることで知られています。これとかすごい↓


この岩の穴に関しては、現代のドリルでなければ難しく、どのように加工されたのか分かっていません。何か未知のテクノロジーがあったのかもしれないと思うと、ちょっとロマンがあります。
ティワナク文化は文字を持っていませんでしたが、現在においては遺跡の探索等でその研究が行われています。ティワナク遺跡は世界遺産としても登録され、研究者のみならず、多くの観光客を惹きつけています。

2. インカ文明
インカ帝国は1200年ごろに成立し、1533年にスペインによって滅ぼされるまで、アンデス山脈に沿って南北4000キロに及ぶ広大な範囲を支配していました。インカ帝国は太陽信仰が基本で、政治と宗教は一体化していたとされています。
あのマチュピチュもインカ文明の遺跡であり、15世紀に皇帝パチャクテクの指示で建設されたと考えられています。

インカ帝国は、1533年にスペインの派遣したピサロ率いるスペイン軍によって征服され、滅亡しました。蹄鉄を装備した馬や火縄銃を持って進軍してくるスペイン軍を見て、それらを知らなかったインカ帝国の役人は、「彼らは銀の足をした大きな羊の背に乗り、天井に響くような雷を発する」と皇帝に報告したという逸話が残っています。
歴史上、インカ帝国は王の死をもって1533年に滅びたとされていますが、このときスペインの征服者たちは、インカ帝国の最高権力者たちを処刑したに過ぎませんでした。その後、征服者と先住民との戦いなどが各地で起こり、植民地時代へと向かっていくことになります。
